「無心になれる趣味がほしい」
教室に来られる方から、よく聞く言葉です。
また、すでに刺繍を楽しんでいる方からも、「刺繍をすると自分がリセットされる気がする」「気持ちが整う感じがする」というお話を聞くことがあります。
私自身も、刺繍をしているときに感じるあの心地よさを、ずっと知っていました。
最近、たまたま「禅」について触れる機会があり、その考え方が面白くて、少し調べてみました。
どうして禅をするのか。そこにはどんな意味があるのか。
その中で知った「今ここ」という考え方が、私にとって、とても納得のいくものでした。
私たちは、案外「今ここ」にいない

私たちは日々の暮らしの中で、「今ここ」にいない時間がとても多いのだそうです。
「今ここ」というのは、今、目の前にあることに意識を向けて、それを感じたり考えたりすること。
例えば、朝起きて朝ごはんを作っているとき。
そのことだけを考えているかというと、そうではありません。
今日は何時に家を出て、家族の予定はどうなっていて、出かけたついでにあの用事とこの用事を済ませて。帰りには買い物に寄って、冷蔵庫にある食材と何を組み合わせて晩ごはんを作ろうか。
子どもの学校や習い事の予定もあります。
朝ごはんを作る、食べる、出かける準備をする、移動する。
その間じゅう、頭の中では今していることとは別のことを考え続けています。
もちろん、それがいけないというわけではありません。
そうやって先のことを考え、段取りを組んでいなければ、日々の暮らしが回らないことも多いのです。
そこへ、仕事や家事の忙しさ、人間関係など、いろいろなストレスも重なります。
嫌な出来事があれば、その感情を抱えたまま次の用事に取りかかり、また別のことを考える。
自分の気持ちを一度落ち着かせる間もなく、一日が過ぎていくこともあります。
「今ここ」に戻るということ

私が禅について調べる中で興味を持ったのは、こうした日常の中で「今ここ」に意識を向けるという考え方でした。
それは、何も考えないようにすることとは少し違うようです。
「何も考えない、考えないぞ」と頑張るのではなく、何かを考えたなら、それもそのまま受け止める。
ただ、その思いに振り回されたり、感情に飲み込まれたりするのではなく、「私は今、こう思っているんだなあ」と、自分を落ち着いて眺められるようになること。
私は、禅の考え方をそんなふうに受け取りました。

例えば、嫌な出来事があったとき。
「嫌だなあ!」という感情の中にずっといるのではなく、「私はこういうことが嫌なんだなあ」と、少し離れたところから自分の気持ちを見つめられる。
そうして一度落ち着いてから物事を考える方が、必要以上に傷ついたり疲れたりせず、自分らしい考えにたどり着けることもあるのではないでしょうか。
そして、もし日々の暮らしの中で、たまにでもそんな時間を持てるのなら。
ずっと先のことを考えながら頑張っていても、一度自分をリセットして、また日常に戻っていけるのではないかと思ったのです。
クロスステッチをしているときの、あの感覚

ここまで考えたとき、私が思い浮かべたのは、クロスステッチをしている時間でした。
クロスステッチを始めると、自然と目の前のことに意識が向いていきます。
こないだの続きは、ここ。
横に5目、それを3段。
2目あけて、今度は違う色。
隣り合った色の、この組み合わせが好きだなあ。
だんだん模様が見えてきた。
そんなふうに、布の目を数え、色を楽しみながら針を進めているうちに、気がつけば、意識しなくても「今ここ」にいる自分がいます。
「さあ、無心になろう」と思って始めるわけではありません。
好きな刺繍をしているうちに、自然とそうなっているのです。
そして、しばらくすると、心が一度静かになるような感覚があります。
私にとってそれは、冷たい白ではなく、やわらかなミルク色で満たされたような心です。

その落ち着いた心の中で、また別のことを考え始めることもあります。
例えば、今日の晩ごはんは何にしようかな、と。
雨が降ったから、春雨スープにしようかな。
朝から予定を組み立てながら考える晩ごはんと、刺繍をして心が静かになったあとに考える晩ごはん。
同じことを考えているのに、私にはずいぶん違って感じられます。
「無心になりたい」という、その無心の時間が続くのも心地よいですし、一度静かになった心の中で、考えたいことを考えるのも楽しい。
その間にも、目の前の布には少しずつ模様が広がっていきます。
刺繍をしている時間が好きなのは、作品ができあがっていく楽しさだけではないのかもしれません。
私は、禅の「今ここ」という考え方に触れたことで、これまで自分が感じていた心地よさの理由を、ひとつ見つけたような気がしました。
刺繍を楽しんでいる皆さんにも、似たような感覚があるのではないでしょうか。
なんとなく「落ち着くなあ」「無心になれる」と感じていたことにも、こんな理由があるのかもしれません。
このお話が、皆さんにとっても、いつもの刺繍の時間をもう少し味わって楽しむきっかけになれば嬉しいです。

