はじめに

時系列がおかしくなっていますが、まだ1才だったスミレです。この手押し車のようなベビーカーが重宝しました。
こんにちは。刺繍作家のアズママイコです。
「刺繍と私の物語」第6回です。
今回のお話は、第4回の途中にちらっとでてきた「夫のくれた言葉」に少し戻ります。私にとっては今のこの仕事そのもの、またはそれをこんなにがんばって続けてこれた心の真ん中にどっしりと据えられた、とても大切なものです。
子どもたちとの時間を確保したい
子どもたちがまだ小さかった頃、私には「育児の理想」がありました。限られた成長のステップを、ひとつひとつ近くで見守っていたいという思いです。小さな表情の変化や言葉のクセ、できるようになったこと。そういったものを、できるだけそばで見ていたいと思っていました。
その気持ちを一番よく知ってくれていたのが、夫でした。
働き方を考える
下の娘の入園が近づき、「これから私はどんな働き方をしていこうかな」という話を夫とする機会がありました。家のことや子どものこととどう折り合いをつけながら働くか、というごく普通の相談です。
そんな話をしていたとき、夫がふと「子ども達のそばでずっとゆっくり見ていてあげたいのなら、今やっているその手芸を仕事にしてみたら?」と言ってくれました。
その時の私はというと、下の娘のプレ幼稚園(本格的な入園より一年先にボリューム少なめで幼稚園へ通うことです)のタイミングで「着物屋さんでの委託販売」を経験してはいましたし、作品を販売することの楽しさはよく分かっていました。けれど、それを“本業として育てていく”という発想はほとんどありませんでした。
私は、手芸の仕事は月によっては一つも売れないこともありえるし、作ったものがそのまま全て必ず売れるわけではないということを、現実の話としてそのまま夫に伝えました。
そのときに夫が返してくれた言葉が、私にとっての「魔法のひと言」になりました。
大切な言葉
「もしもたった一つも売れない月があれば、その時は俺の少ない給料で上手にやりくりしてくれたら、それで」
柔らかく、優しく言ってくれたその言葉には「それでいいよ」と静かに背中を押してくれるような力がありました。
このひと言を聞いたとき、私は「この人を幸せにしてあげたい」と強く思いました。大げさな意味ではなくて、私のできることでちゃんと返したい、というような気持ちです。おいしいものを食べさせてあげたいし、旅行好きな彼を色々なところへ行かせてあげたい。そんな思いがまっすぐ湧いてきました。
同時に、自分の働き方についても心の中で決意をしました。
「こんなに楽しいことをさせてもらって、子どものそばにいさせてもらえるのなら、せめてパートに出ている人より、もっともっと長い時間を仕事に費やそう」
そして、どうせなら「普通に働いたレベル」の収入ではなく、「主婦にしてはすごい」と言われるくらいのところまで結果を出したい。そう思ったのは、誰かに自分を大きく見せたいからではなくて、夫の言葉にきちんと応えたいと感じたからでした。
あのときのひと言があったからこそ、「刺繍を仕事にする」という選択肢を現実のものとして考えられるようになりましたし、「教室をやってみよう」と一歩を踏み出す勇気にもつながりました。そしてそこから一度も「刺繍の仕事をしていていいのかどうか」に迷うことなくここまできています。
あのとき夫からもらった言葉は、今も変わらず、私の心の真ん中にどっしりと据えられています。
第7回につづく
次回は、大阪の刺繍専門店「かめしま商店」さんとの出会いについて書きたいと思います。
刺繍と私の物語
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